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てらねまんの勉強 2014-10-27 [日記]


「自分」の壁 (新潮新書)

「自分」の壁 (新潮新書)

  • 作者: 養老 孟司
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/06/13
  • メディア: 新書



ポンコツオヤジなりに お勉強。本を読みました。


印象に残った部分を抜き出しました。

目からウロコがポロリの一冊でした(笑)

自分探しなんて無駄なこと!



日本において自分を立てることが、そう重要だとも思えない
「個性を伸ばせ」「自己を確立せよ」といった教育は、若い人に無理を要求
してきただけに過ぎない
それよりは世間と折り合うことをの大切さを教えたほうが、はるかに
マシじゃないでしょうか?

個性は放っておいても誰にでもあります
だからこの世の中で生きていく上で大切なのは
人といかに違うか
ではなくて 人と同じ所を探すことです

自分 自己 自我 自意識等々、言葉で言うとずいぶん大層な感じがになりますが
それは結局のところ「いま自分はどこにいるのかを示す矢印」くらいのもに過ぎない
そのことは脳の研究からもわかっているのです

脳の中には「自己の領域」を決めている部位があります
「空間定位の領野」と呼ばれています

私たちは自分のことを形ある固体だと思っていますが
空間定位の部分が壊れると それが液体になってしまう
自分が世界と一緒になってしまうような感じになります
地図の中にある現在位置を示す矢印
その矢印を消していくとどうなるか?
自分と地図が一体化するのです

自分と世界との区別がつくのは 脳が線引きをしているからであって
「矢印はここ」と決めているからです
その部位は壊れてしまえば
目に入るもの 考えていることも全部
脳の「中」にあるわけですから
自分の「中」にあるのと同じです
区別はつきません
世界と自分の境目がなくなっている状態です

自分が世界と一体化するということは
周りに敵や異物が一切ないということです
自分と世界の区別がつかなくなって「全部自分」となると至福の状態になるのです
だから「臨死体験は気持ちいい」のです


人間は「自分をえこひいき」している
意識は「ここからここまでが自分だ」という自己の範囲を決めています
その範囲内のものは「えこひいき」する
ところがそれがいったん外に出ると マイナスに転じてしまう
だから「唾は汚い」と感じるようになるのです
もうお前は「自分」ではない
だから「えこひいき」できない、ということです

オリジナリティーを求めても仕方ない むしろ世間と折り合うことを知る 世間並みを身につける それでもどこか変なところが残ればそれが個性なのです

自信ってなんだろう?




「不信」するを当たり前とすると なんだか真実が見えてくる
「自分」は常に曖昧なものとしか捉えられない
そんなものと対峙するより、世間並みを考えたほうが無難
「現実を見なさい」私はよく言われた
世間ときちんと付き合えば 現実を見ていることになったかもしれない
今はその世間自体が怪しくなってきている
そうだとすると人間が意識的に作らなかったものと向き合うのがいい
なるべく自然に接するようにするところから始めればいい


養老孟司のススメ
「頭が良くなりたいならば 自然のものを1日に10分でいいからみるようにしなさい」

人間関係や仕事に関わることなどの問題は
どこかで自分のこれまでやってきたことのツケである場合が多い
自分は悪くないのに 厄介事が次々に襲ってくる
と本人は思っていても
周りからの見れば その人自身が厄介事を招いている
どこかで他人や社会との距離のとり方 関わり方を間違えているかもしれない
しかし逃げてきた人には そのことが見えない
自分がどこまでできるか できないか
それについて迷いが生じるのは当たり前のことです
社会で生きるということは そのように迷う ことなのです

どの程度の負担ならば「胃袋」が無事なのか
飲み込む前に明確に分かるわけではありません
その意味では 運に左右されることもあるし
賭けになってしまう部分もあるでしょう
なにかにぶつかり 迷い 挑戦し 失敗し ということを繰り返すことになります そうやって自分で育ててきた感覚のことを 「自信」と呼ぶのです

近況報告

禁煙できない(´;ω;`)ついついタバコを買ってしまう コンビニでカートン買いしてしまった。
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日曜日は快晴!スキー場の草刈をした。紅葉が綺麗!(´・ω・`)
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